タトゥーに纏わるお話

SHUNです!!

 

読書の秋ですね!

読書、していますか?

 

自分もまた読書熱が再燃してきまして、

お気に入りのこちら。

 

 

伊坂先生の作品、読み返しております◎

 

文字を読むと、文字を最近書いていないなと気付き、

今回は、実際に体験したタトゥーに纏わるお話を、

小説風に綴らせて頂こうと思います。

 

拙い文章で長くなるかもしれませんが、

活字が苦手な方も、

読書の秋の一環として読んで頂けたら幸いです。

 

1 痛み

 

「インターネットの翻訳機を使って、翻訳すると大抵間違った英文で翻訳されますよ。ここら辺なんか、強引な感じしませんか。」翻訳機は、国際化の進む現在の生活には非常に便利なツールになったのだが、レタリングタトゥーのデザインを作る事においては大きな落とし穴がある。

「全然知りませんでした。」お客さんは、苦笑いしながら言う。ネイティブの人が使わないような文法、回りくどい言い回し、知らない単語などを我らが信用しきった翻訳機は当たり前のように変換してくる。

「偉人のセリフ、音楽の歌詞、英語の詳しい人から文章を引っ張ってくるのが、間違いないのですがね。。。」こちらとしても、可笑しな英語は彫りたくない。それが、僕を自然と困った声のトーンにさせてしまう。

「じゃあ、これはどうですか?」お客さんは、携帯で新たな文章を表示して僕に見せてくる。「こんなのもありました。」「これもいいですね。」先ほど、信頼していたものに裏切られていた事が嘘かのように、次々と新たな文章を見せてきた。

「いやぁ、どれもちゃんとした文章なので問題はないのですが、そもそも初めに入れたかった文章の意味合いとは違うものになってきてませんか。」僕は、さっきよりも困ったトーンで聞き返した。

「とにかく、なんでも良いので彫りたいんです!」お客さんがきっぱり言った一言に、自分も反応せざるおえなかった。

「入れたい気持ちも分かりますが、言葉って大事じゃないですか。本当に好きな言葉入れた方が、後悔しないし良いと思いますよ。」タトゥーは一生もの。一生消えない。だから僕は、好きだと思えるデザインを一生大切にして欲しいと、心からそう思うのだ。また、こちらも責任を感じて、プライドを持って仕事をしているつもりだ。「なんでもいい」と言うのは、なんだか悲しいし、無意識に熱くなってしまう。

 

お客さんは、20代前半に見えた。細かい特徴は控えさせて頂くが、今時の子。ファッションとして、自己表現のアイテムとして、敷居が低くなり、色々な人に世間にタトゥーが受け入れられて来たことは確かに嬉しい。しかし、スクールウォーズのような時代を生きてきた僕には、温度差を感じてしまうのも事実だった。今回も、しっかり考えてからまた来なさいと返すべきか、悩んでいたところ、

「これにします。かっこいいんで。」お客さんが、最終案を見せてきた。

「本当にこれで後悔しないですか。」僕は、真剣な表情で問う。

「今んところ一番良かったのでこれで。」お客さんの曖昧な理由に少し引っかかったが、何度か確認しても意思が変わる様子がなかったので、彫る準備をし施術に入った。

「いやぁ、やっぱ緊張しますね。」ジジジーっとタトゥーマシンから音が出た。

「うーん、痛い。」お客さんは、苦笑いをした。「地味な痛みでしょう。」僕は、お客さんの様子を伺いつつ、彫りながら思い出していた。

 

2 得る

 

「オニイサン、マッサージドウデスカ。」横浜を歩いていた時、背中の方から片言の日本語で声を掛けられ、僕は咄嗟に後ろを振り返った。

「よっ!久しぶり。」目の前のスーツ姿の男性は、歯を見せながらにたっと笑って右手を上げていた。

「あー!にいちゃん!」僕は、周りを忘れて大声を出していた。周りの視線も気にならない。目の前の男性は、後ろを振り返って自分じゃ無いという仕草をして、「俺か!」と、冗談を言って笑った。

にいちゃんとの出会いは、僕が19才の時だ。にいちゃんと言っても実兄ではなく、愛称としてそう呼んでいた。にいちゃんは、僕が横浜でバーテンダーとして働いていた時の先輩だった。にいちゃんは、アマチュアでボクサーをしていた。試合後で顔がパンパンに腫れ上がった状態で、次の日に出勤してきてそのまま客引きに行っては、お客さんを沢山捕まえて戻ってくる。普通だったら、顔がパンパンに腫れ上がった人に声を掛けられたら、僕ならすぐに逃げる。それでも、お客さんを一気に引き込む話術のセンスと、誰にでもすぐ好かれてしまうような人柄を併せ持つ、接客業の天才のような人だった。

にいちゃんは、接客とは何ぞやと色々な事を僕に叩き込んだ。僕も、いつもメモを取ってはにいちゃんの接客技術を得ようと、毎日必死だった。夜な夜な二人で飲みに行っては、僕の身の上話、愚痴なんかも聞いてくれた。歳も3つしか離れてなかったが、友達と言うよりは兄貴分として、僕は慕っていた。

そんなある日、僕らが働いていた店で、彫師の飲み会があった。飲み会と言っても、「お疲れ様でしたー!」とか、そんな感じではなくて、お酒を飲みながらタトゥーを彫るのを見て、外国人や露出の激しい女の人や、強面のタトゥーだらけの男の人が出入りするような何でもありのパーティーのような感じだった。僕は、一気に魅せられた。これまで全くタトゥーに興味がなかったのに、次の瞬間には、「彫師になりたい。」としか考えられていなかった。

 

「んで、話したいことって。」にいちゃんが、瓶ビールに口を付けながら聞いてくる。

「いや、話したいことあるって言ったけ。」僕は、先に退勤したにいちゃんとバーカウンターで対面しながら、グラスを拭きながら覚えがないという風に聞き返した。

「言わなくてもわかるって。彫師になりたいんだろ。」ビールの残りを瓶の底で揺らしながら、にいちゃんはそれが当たり前かのように言った。にいちゃんには、何でもお見通しだった。何を食べたいか言わなくても、賄いでそれが出てくるほどに、何でも見透かされていた。

「やってみたらいいじゃん。」適当だけどにいちゃんに励まされると、背中を強く押されたような気持ちになるのは、いつも不思議だった。「何とかなるって。」「大丈夫だって。」いつも何も根拠も確信も無いのだけれど、この人が言うと未来はそうなってしまう運命にあるのだとそう思えて仕方なかった。

 

僕は、飲食業を続けながら独学で勉強を始めた。具体的に何をやったか上げるときりがなくなってしまうで割愛させて貰うが、思いつくことはなんか色々やった気がする。練習の自彫りでボロボロになって血だらけになった足を見て、にいちゃんはいつも可笑しそうに笑った。

「お前が初めて人に彫っていいのは俺だな。だっていつも俺は試合後ボロボロだから、今のお前の足とそんな大差無いだろ。」

後日、あれは酔っていて冗談だとにいちゃんは弁解しながらも、ちゃんと彫って貰うデザインは事前に用意していたようで、「どうせボロボロになるならこれだな。」と、歯を見せながら笑って、一番好きな言葉だからと、ある文章を見せてきた。

「案外上手いじゃん。」自分では納得いかなかった仕上がりも、にいちゃんは肩甲骨に彫られた文字を、鏡で見ながら喜んでくれた。「一生の思い出な。」その言葉に、人にタトゥーを彫ると言う責任と喜びを改めて実感することになった。

月日は流れ、にいちゃんは会社に就職が決まり、僕も彫師として本格的に活動するようになった。

 

横浜で偶然何年かぶりの再開をした僕らは、立ち話も何だからと缶コーヒーを買って喫煙所で近況報告をし合った。結局立ち話なのだがそれはさておき。出張ばかりで横浜にあまりいなかった事、ボクシングを辞めてからは20キロ位体重が増えた事、僕は彫師になった事などを話した。そして、色々募る話も出尽くしたところで、あの頃が懐かしいなぁと、二人で横浜の空を見上げて溢した。

「俺、結婚すんだ。」別れ際、にいちゃんは恥ずかしそうに言った。「おめでとう。」以外の言葉で祝ってあげたかったのだが、社交辞令っぽくなってしまった。話を聞くと、奥さんは当時から付き合っていた近所の居酒屋の女の子で、僕も何度か3人でご飯に行った事のある気さくな可愛らしい人だった。今は、横浜の駅ビルの化粧品売り場で働いているらしい。

「んで、来月あっちの親に挨拶なんだよ。」緊張しているのか、にいちゃんらしくない引き吊った笑顔を作って見せた。

「にいちゃんのトークセンスなら、あっちの親ともすぐ打ち解けるでしょう。」精一杯自分なりに励まそうとしたが、「そりゃ、俺だもんよ。任せなさい。」と、にいちゃんは空元気になっていた。「ボクシングの試合より、会社のプレゼンより緊張する。マイクタイソンの娘をもらいに行くみたいだ。いや、マイクタイソンの娘だったら好きになってない。お金を稼ぐのも、愛を得るのも大変な世の中だ。」と、訳分からない事を言っていた。

「とりあえず結果報告するからよ。」にいちゃんはそう言って、仕事に戻らなければと時計を見て、手を振って去って行った。

 

 

3 ペイン

 

それから一ヶ月が経った。にいちゃんは、どうなったものかとふと思い出す事もあったが、日々の彫師の仕事に充実していたし、にいちゃんなら絶対大丈夫とどこか確信があったので、そのうち連絡が来るだろうとそんな風に思っていた。それに連絡が無かったとしても、今はSNSで友達の結婚や出産を知る事の方が多いから、にいちゃんも「今、新婚旅行でワイハでーす。」なんて、鼻の下を伸ばして奥さんとの幸せそうな写真がアップロードされるんじゃないかと思っていた。

そして、僕はまた一ヶ月前のように横浜を歩いていて、たまたま駅ビルの化粧品売り場を横切って近道をしようとした。女性モノの香水の匂い、化粧品の眩しいライトに、鼻も目もクラクラしそうになりながら横切っていたところ、「ねぇ。お兄さん。」と、今度ははっきりとした日本語で女性の声で背中から声を掛けられた。街を歩いていて、女性から声を掛けられる事などまず無いのでドキッとしたが、振り返るとそこには、にいちゃんの奥さんが立っていた。暫く振りだったが、20キロも体重が増えたにいちゃんも、口の右下に大きな黒子のある奥さんも、当時と変わらない面影があって、すぐに分かった。

「結婚するんですよね。おめでとうございます。一ヶ月前ににいちゃんと会って、挨拶するって報告を受けました。どうだったんですか。」自分は、奥さんの顔を見るなり気になっていた事を嬉しそうに聞いていた。しかし、奥さんはそうでは無かった。険しそうな顔をして、どこか涙を浮かべていた。

「あなたのせいよ。」自分は、突然投げかけられた言葉に理解できず「え?」と、戸惑った返事をしてしまった。奥さんの声が小さかった訳では無い。何の事を言われているのか、何について言っているのか、全く思い当たる節が無かったからである。そして、今にも溢れそうな涙を堪えながら続けて言った。

「あなたのせいで、彼はボロボロになって入院した。もう彼に近付かないで。」

奥さんと久々に会って、さっきまで脳裏を巡っていた懐かしい思い出が一瞬にして真っ暗になる感覚が僕を襲った。そして、自分はにいちゃんに何をしてしまったのかと、必死に記憶の中を絞りだそうとしていた。それでも、何も思い浮かばなかった。真実を聞き出そうとしたのだが、今にも泣き崩れそうな奥さんを見ると問い詰めることが出来ず、休憩室へ去って行こうとする奥さんから辛うじて、にいちゃんが入院している病院を聞き出して、すぐに病院へ向かった。

向かっている途中も、色々な記憶を辿った。しかし、出てくるのは笑い合った思い出だけ。仕事でミスをして怒られた事も沢山合ったが、その後は瓶ビールを揺らしながら飲んで、「まぁ何とかなる。」と、優しく語りかけてくれるにいちゃんとの思い出だけだった。

 

病院に着いた。受付で病室を聞いて、駆け足で向かった。お見舞いの品なんて持たずに、ただにいちゃんの安否が知りたかった。奥さんのあの涙ぐんだ表情を見たら、どうやっても最悪な事態しか思い浮かばなかった。エレベーターが途中の階で止まるたびに、もう会う事は叶わず間に合わないのでは無いかとそう焦らせた。

部屋の扉は開いていた。薄暗い廊下を進んできたせいか、病室の窓から差し込む光が眩しくて、すぐににいちゃんのベッドを見つける事が出来なかった。

「何だよ。来やがったのかよ。」悔しそうなため息と一緒に、にいちゃんの声が聞こえて彼の寝ているベッドが分かった。にいちゃんは、背もたれを上げてテレビを観ていたようだった。

「所詮この世は弱肉強食。何つってな。」にいちゃんは、歯を見せて笑って言った。頭をギブスで固定してあるのか、少し盛り上がっていて顔は頭から延長した包帯が巻かれていた。その痛々しそうな光景に、僕は言葉を失った。

「何だよ、笑えよ。るろうに剣心の志々雄真実みたいだろ?」こんな訳の分からない状況でも、にいちゃんは冗談を言うのだが僕は、全く笑う事が出来ず立ち尽くしていた。無意識に口から出た、「何だよこれ。」と言う言葉に、「バナナの皮で滑っただけだ。」と、笑えない嘘を付いた。流石に、頭に来た僕は、「ふざけんなよ!!」と、怒鳴っていた。すると、にいちゃんは大笑いして、「分かった分かった。そんなに笑わせんなって、まだ肋が、、、イテテ。」と、脇腹を抑えながら大笑いして、呼吸が整ってから説明を始めた。

 

「まぁ、座れよ。そして、お前のせいじゃ無い。」何も言わなくても、やはりにいちゃんは僕の思っている事が分かっていた。

「ったく、あいつが余計な事を言いやがったんだろ。悪かったな。」包帯が痒いのか、頭を掻きながら続けた。

「俺は、あの一週間後結婚の挨拶に行った。仕事の出張ばかりで、付き合ってからというもの、一度もあっちの親と会った事はなくてさ。あいつが、俺の話はちょいちょいしていたみたいなんだが。。。まぁ初めて会うのが、結婚の挨拶ってのもちょっと不味いかなとは思って、かなり緊張していたけど、いつもの俺の調子で何とかなると思ってたんだよな。」にいちゃんは、病室の窓の外を見ながら話した。

「実際会って、お母さんはあいつに似て気さくで喋る喋る。俺も、緊張してたけどお陰で何とかいつもの調子で話すことは出来たと思う。お父さんは、ずっと無口だったけどその内俺の冗談なんかでクスって笑ってくれたりしてさ。皆んなでご飯も食べ終わって、いよいよお父さんにお願いしますって時になってよ。。。」そう言って、にいちゃんは僕に視線を向けて一呼吸を置いた。

「お父さんが、お前刺青なんて入って無いよな。だってよ。」にいちゃんは、苦笑いして言った。僕は、にいちゃんの顔を見るだけだった。そしてまた、窓の方を向いてにいちゃんは続けた。

「肩甲骨だからスーツ着てれば見えないし、入っていないと誤魔化す事も出来ただろうな。けど、俺はどうしたと思う?」にいちゃんは、窓の外を見ながらフッと笑うのを我慢して言った。

「俺はその場でパンツ一丁になって、肩甲骨にあるお前が昔彫ってくれた名刺サイズの大きさの文字のタトゥーを見せて、ちゃんと綺麗に入ってますよね?って言ってやったよ。」にいちゃんは、そのまま笑い転げてベッドに倒れて脇腹を抑えながらイテテと悶えていた。そして、天井を見ながら言った。

「そしたらこの様だよ。お父さん、ブチ切れちゃって。タコ殴りですわ。顔面骨折と内臓破裂。こんな事もあるから人生ってわかんないよなぁ。」にいちゃんは、呑気な風に大したことないような素振りで言った。僕は、「どうして。。。」と、溢したと同時に奥さんが、僕のせいだと言ったことが漸く理解する事が出来た。

「あーだから勘違いすんなよ?俺は、ボクシングしてたから、全部避けれたんだけど全部食らってやった。逃げたらダメだって思って。お前には俺がどんな風に映っていたのか知らないけど、俺は昔から都合の良いことだけやってきた。嫌なことは、上手いこと言って適当にやってきた。嫌いな奴とも愛想巻いて上手く付き合ってきたし、嘘付いて出来る男演じてきた。でも、お前と出会って、お前にタトゥーを彫って貰って、変りたいって思った。タトゥーに一生懸命なお前を見てたら、良い会社に就職してやろうと思ったし、嫌な仕事も失敗も憂鬱な朝も、お前に彫って貰ったタトゥーを見たら、やらなきゃって思えた。」そうして、にいちゃんは力を振り絞って起き上がって、僕の顔を見て言った。

「一生の思い出ってあの時言った瞬間から、俺はこのタトゥーを一生背負うって腹決めてたから。また一ヶ月前に久々にお前に会って、より一層思ったよ。何があっても隠すつもりはないし、お前を裏切りたくないって。だから、お父さんにぶっ飛ばされようが、志々雄真実になろうが、俺は後悔してないし俺は間違ってないって思ってるよ。」にいちゃんは、そう言うと照れ臭そうにまた窓の外に、視線をずらした。僕は、堪えていたものが溢れてくるのが分かった。バレるもんかと、下を向いて堪えていたが鼻水を啜らないと大変な事になりそうだった。

「言葉通りになったじゃないか。『No Pain No Gain』ってそう言う事だろう。苦労無くして、得られるもの無し。ってな。このタトゥーの戒めのお陰で、今日まで色々な事を真っ向から乗り超えられたし、逃げずに頑張って来れた。結婚の挨拶にも行って、お父さんのパンチも逃げずに踏ん張れた。お前のお陰だよ。俺を彫ってくれたあの日から、ずっとありがとうな。」にいちゃんは、涙でぐしゃぐしゃになる僕の顔を見てフッと笑いながら付け足した。「まぁ、文字ガタガタだし擦れてるし滲んでるけどな。」と。

 

病室を出る前、にいちゃんは教えてくれた。

「退院したらまたお父さんに挨拶に行くつもり。ぶっ飛ばされても、やっぱり好きだし諦められないし。もう逃げないって決めてるから。だから、お前も逃げんなよ。なんとかなるって世の中。」僕は、真っ赤に腫れた瞼を看護師さんに見られぬよう、顔を隠しながらそそくさと病院を後にした。自分が彫ったタトゥーで、ここまで人に力を与えられていた事に驚きと嬉しさを噛み締めながら、帰り道を歩いた。泣きまくったからか、秋の訪れで風が涼しいからか、何だかすっきりし足取りが軽かった。

 

4 ゲイン

 

「よし。完成ですね。お疲れ様でした。」僕は、彫り上がったタトゥーにワセリンを塗りながらお客さんに、完成を告げた。

「ふー。痛かったぁ。けど、いいですね!かっこいいです。気に入りました!」お客さんは、鏡で彫ったタトゥーを見ながら満足そうに微笑んでいた。「血が引くまで一服したら、写真を撮らせて頂いて、ガーゼを貼ってお終いにしますね。」僕は、施術ブースを出て煙草に火を付けながら携帯電話でSNSを開いた。

「もう3年前かぁ。」と、3年前のにいちゃんのSNSの記事を開いて、にいちゃんと奥さんのハワイの新婚旅行の写真を見た。そして、そこから1年後の記事には赤ちゃんを抱っこしてお風呂に入るにいちゃんが。右の肩甲骨には、ガタガタで滲んだ文字のタトゥーも一緒に映っていた。そのうち、奥さんも入れたいって行ってたから一緒に遊びに行くわ。と、言ってた事を思い出して、煙草の火を消した。

血が引いた頃だと思い、ブースに戻ると、お客さんは僕のブースの壁に飾られている下絵を見ながら、「次はこれがいいです。」と、これから増やす気満々のようだった。

「『No Pain No Gain』なんて、まさにタトゥーにぴったりじゃないですか。ファーストタトゥーを、この文字にして良かったです。本当に気に入りました。これからもどんどん増やしていくので、宜しくお願いします!!」そう言って、元気に挨拶してお客さんは帰っていった。

 

タトゥーを彫る理由は、人それぞれ。何故それを入れたいのか、何故そのデザインがいいのか、様々な理由がある。僕らは、それを詮索しないし要望に精一杯答えるだけ。ただ、本当に好きなものを彫って欲しいし、「これ入れたい!」と、思えるものを入れて欲しい。そして、それが一生ものとして、その人の力になったり、喜んでくれたら彫師はこの上ない幸せであろう。

 

最後に言っておきますが、今はガタガタになったり滲んだり決してそんなものは彫りませんので、ご安心を(笑)綺麗な完璧なタトゥーを彫らせて頂きますよ^ ^